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カテゴリ:小説( 3 )

 

Alju‐arra(アルジュハラ)

 

 

誰に言えようか。

あなたを想っていたと。

 

金色の草原に騎士が立っていた。

遥か遠くうしろには城がある。

 

ほかは何もない。

風もない。

 

騎士は愛しい人を思った。

短剣を取り出した。

 

のどに定め、

突いた。

 

騎士はゆっくり地に沈み、

草原には、風が吹いた。

 

 

一.

 

1437年

 

 遥か南方の小国、Alju-arraを訪れる。暫く滞在。

王族、騎士、商農民・機工の職から国家が成り立ち、

十四の村にわかれている。

 騎士の大半は女であり、それぞれ5部隊に分かれ、

王侯騎士・神殿騎士・騎士・馬上騎士・歩兵の順に位が高い。

 農耕・鍛冶を男が請け負い、役目により、服装や

髪型が決められている。

 

 T=シュールドマン

 

 

その日はとても暖かい日だった。

戦争の煙も、まだこの小国アルジュハラの大地と空気と

空を染め抜いてはいない。が、それも目の前に迫っていることは、

この暖かな中庭庭園の日差しにも関わらず物騒な鎧を着込む

リブラと、控えめなアルジュハラの伝統衣装に身をつつんでいる

アルジュハラ第3皇女、イアとの間に流れる不自然な沈黙の中に

感じ取ることはたやすいことだ。

 

 雲が中庭庭園に木陰を作ったとき、

目は空間を見つめ、だが考え込んでいたイアが

はじめて、口を開いた。

「ヒルジューノの大臣率いる部隊が昨日、ミルレイ河岸

に向けて出陣したそうよ、リブラ……」

 

 中庭の片隅に咲いているコスモスの紫に気を

取られ、それに思考を委ねていたリブラは、イアの

声に答えるべく、顔をそちらへむけた。

 

背の高い、はっとするほど端正なその顔立ちの

主からの空気の動きにつられ、イアは顔をあげる。

 

そこにある顔。鎧。

いつもの、リブラがそこにある。

 

「ええ。

大丈夫ですよ姫…、必ずやアルジュハラは

勝ちます故」

 

 物心ついたときから自分に忠誠を誓う、しかし

姉のような存在のリブラは、だけど昔からこの距離で

ものを話していた。 イアはそれがもどかしいと、今は

思った。もどかしいとき、心の動きを感じられないとき、

それをくずしたいとき、イアはすぐにムキになる。

 

リブラは嘘をつかない。

何故なら彼女は、こちらが促すと打ち明けてくれるから。

そして彼女は、いつだって公平だ。

何故なら彼女は、この国で1番崇高な職、王侯騎士だから。

 

「今どんな気持ちなの、リブラ」

声を少し尖らせて、イアは尋ねる。

リブラの目が少し、柔らかくなる。

 

 この瞬間が、イアは好きだ。

自分の目線まで降りてものを話してくれるとき、

リブラはいつもこの目をするからだ。中庭の中央階段に

腰を下ろしながら、リブラは先ほどとは違う、親密な間柄に

話すような暖かさで、イアに答える。

 

「なぁに、今までの戦に行くとおりの気持ちですよ、姫」

「でもお父様がご病気になって、ミルレイ河での戦の指揮は

お兄様がするから、お父様を慕っている騎士たちの士気が

落ちるんじゃないか、って、おねえ様やみんなが噂していたわ。

圧倒的にアルジュハラは不利だ、って。」

「士気の心配はご無用ですよ、姫。」

 

 父王を思う気持ちは、誰よりもこの姫が1番強いのだろう、

そしてそんな姫の護衛を、亡き姫の母より賜った自分は幸せもの

だな、と感じながら、リブラはまた目を細め、笑った。

 腰に下げてある、使い慣れた愛剣が音をたてた。

 

「今年の春から新たに入った騎士はつわものが揃いましたし…。

姫が嫌いな幾何学を、眠くなるベルモン先生から習っている間に、

ヒルジューノの部隊など蹴散らして参りますよ。」

「まぁ。私は貴方のことを心配しているのに、リブラ!」

 

 本格的にムキになってしまった姫に、リブラはつい、声を

あげて笑ってしまう。アルジュハラ誇る第1部隊騎士隊長として、

長年厳しい訓練に身を投じてきたリブラだが、この姫の綺麗には

勝てない。

勝てないことが、嬉しい。

それで、笑ってしまうのだ。

 

「姫は、私があっという間に負けてしまうほど弱いと、

そう思っておられるのですか」

「ち、ちがうわ!そんなこと思っていないの。」

あわててイアはリブラの横にしゃがみこむ。

伝統衣装がふわりとふくらみ、またおさまる。

 

「あなたほどの騎士はいないわ、リブラ…、でも、でも、

あなたに万一のことがあったら……」

だんだん悲しそうな顔をするイアを見つめ、

リブラは微笑んだ。

 

「私に、万一など、ありませぬ」

顔は騎士に、戻った。

 

「私はこの身を私の生まれ育った故国に使う、

そしてもっとも喜ばれる職につきたいと願い、そして

叶えました。今の私があるのは、私を認めてくれ、

姫に対する思いと同じほどの愛で育ててくれた姫の父と

この国があったからです。

 

私は姫の母に、姫を守ると約束したのですから…、

それを遂行するのが、我々騎士の役目なのですから。」

 

 イアの声が、切なげに震えた。

「じゃあ…、私にもしなにかあったらどうする?

あなたのいない間に、私が何かに巻き込まれたら

どうするの?」

 

リブラが止まる。

息を吸った。

「呼んで下さい。」

 

イアの空気を待たずに、続けた。

「あなたが心の中で私の名を呼べば、

たとえあとひといきで敵の首を落とせたとしても

戻ってきて救ってさしあげましょう。」

 

雲が行き、また日が差した。

イアの声も、日が差す。

「ありがとう、リブラ!」

 

 城へ入るイアを見送り、リブラは庭園をあとにした。

 

 

二.

 

六月二五日 巨蟹宮

Alju-arraとhrru-juuoの軍勢がミルレイ河で

衝突。士気はアルジュハラが上であったが、

軍配は死を呼ぶ粉や新しい武器による戦法を用いた

ヒルジューノの作戦にあがる。

 

 

 

「迂闊であった。

まさか剣を用いずに来るとは、な。

さすがのお前も気付けなかったであろう。」

 

 ここはアルジュハラの西の謁見の間である。

そしてリブラは傷ついた体や返り血を浴びた鎧のまま、

王に謁見している。許されるのは、リブラだけであろう。

 

 大きな寝具のなかに埋もれ、だが剣は絶えず身から

離さない、リブラが忠誠を誓ってやまない鷹の目を持つ

故国の主は、苦しいはずの呼吸を乱すこともなく、そう一言、

リブラに答えた。

 

 リブラはそんな王を目の前にただ、自分を責めつづける。

血の味のする口から、重い唇を押し開き、次の言葉をやっと、

吐き出した。

 

「死を呼ぶ妖しげな粉の舞うなか、悶え死ぬ騎士を目の前で

見ていながら、私だけがおめおめと生き延びてしまいました。」

「よい、言うな」

「私の部隊はほぼ壊滅です。

国王より任せられた選りすぐりの騎士の命を、

私は全て守り切ることが出来ませんでした。」

「よい、リブラ」

 

 王はただ、しかし強く、リブラを諭した。

「お前が生きて帰ってきただけでも、良かった」

それに、と加えて、国王は顔を苦渋にゆがませた。

「おめおめと生き延びたというのは私の息子のことだ、

リブラよ。あれは死ぬることが怖かったと、ゆくゆくまで

笑い種となるであろう、なげかわしいことだ。」

 

王は続けた。

「ところでリブラよ…、ヒルジューノは我が娘イアを

ヒルジューノの皇太子の妃に欲しいそうだ。おそらく

それが目的で、この戦をしかけてきたのだろう…。」

 

姫を?

一瞬、リブラの頭が白くなった。

はっとして、顔をあげる。動揺している

自分に気付き、リブラはさらにうろたえた。

 

声を震わせ、リブラは聞いた。

「で、では、姫を…!」

「いや、娘に聞いたことがある。

娘は想い人がいるそうだ…」

 

 安心したと同時に、新たに

沸き起こる感情に揺れ、我にかえった。

「想い人…ですか」

「うむ、誰なのかは聞いていないのだがな…。

どちらにしろ、まだあれを手放すつもりはない。

 

 私はそれより、和平の条件にイアを、というヒルジューノの

やり方が気に食わぬのだ…。私達は今回の戦に破れはしたが、

対等の小国同士で渡り合ったのだ、わが国はヒルジューノに

取り入るつもりも、降伏するつもりもない…。

 

 戦が長引くのは国の民を苦しめるが、

この条件を飲むつもりはないのだ。もう1度

部隊を編成し、戦うつもりだ。

 

行ってくれるか、リブラ」

 

 アルジュハラを先代にはないここまでの繁栄にさせたのは、

ほかならぬこの王である。リブラはもとよりこの王に生涯を尽くして

いたので、戦えることに感謝をした。自らの落ち度を晴らせる場所が、

もう1度、与えられるのだ。

 

彼女はすぐに応じる。

「おおせのままに」、と。

心の陰りに気付きながら。

 

 

 

 その日の夕暮れ、月は細い弧を空に描いていた。

アルジュハラの大地は薄紫に染まる。アルジュハラ城も

例外に漏れることなく、その壮大な外観を空のそれと同じに

染めていた。大気はまだ、あたたかい。

 

 アルジュハラ城は、東の回廊を抜けた吹き抜けの

踊り場から左の階段を登ると、アルジュハラの草原を

一望できる廊下がある。そこから吹き抜けを振り返れば、

天井まで届くステンドグラスが見る者を惹き寄せる。

 

 アルジュハラ第3皇女、イアの部屋は、この廊下の

1番奥にあった。戦から戻ったことを伝えるため、という

理由を心に作り、リブラはイアの部屋を訪れた。

 

 ノックをしても返事がないので、リブラはそっと

ドアを開いた。大きく、白く、しかし皇女にふさわしい

品格を備えたイアの部屋には、これまた綺麗な大窓がある。

イアはそこから、ぼんやりと薄紫の草原を眺めていた。

リブラはイアを静かに呼んだ。

 

 ゆっくり振り返る姫は、一瞬不思議そうな顔をしたが、

リブラだとわかると、ぱっと笑顔になった。皇女にふさわしい

振るまいを姉達から教わっているのだろうが、今のイアは

リブラに走り寄る美しい少女でしかない。

 

「おかえりなさい、リブラ!

良かった無事で……!負けたと聞いて、

心配で…」

リブラは無理矢理笑顔を作った。

「…申し訳ございませぬ、姫…、

私だけおめおめと生きて帰って参りました」

 

イアの笑顔が曇った。

「もういいわ、リブラ…責めるのはやめて。」

さらに口を開こうとするリブラを、イアはリブラの

名前を呼んで止めた。そして苦しげに口を開いた。

 

「リブラ、私、本当は…、本当は、

戦争に勝ったのも負けるのも、そして

誰が死んでしまったのも、どうでもいいの…、

 

貴方がこうして、生きて帰ってきて

くれたんですもの」

 

 リブラははっとしてイアの目をのぞこうと

したが、イアの目は両手に覆われていた。

泣いていた。肩が震えている。思わずのびかけた

手を、騎士の精神が制止させた。

 

騎士は、他人に触ることを許さないのだ。

手に他人をかけるとき、それは、人を殺めるとき

しかない、そうリブラは叩き込まれていた。

 

 自分のために涙をこぼしている

少女を目の前にしながら、リブラは言った。

「姫、我々騎士は、人に触れることはタブーと

されておりますゆえ、姫を救えるものは今の私には

何もありませぬ…、どうか、どうかお顔をお上げ

下さい。」

イアは涙の伝う頬を拭いつつ、うなずいて

顔をあげた。リブラは微笑んだ。

 

「姫の温かい涙で、私が救われたように

思います…、ありがとうございます。」

 

 イアは熱っぽく言葉をリブラに重ねた。

「リブラお願い、もう何処へも行かないで。

ずうっと、この城にいて、私を守っていて。」

 

ずしり、と、胸に刺さる。

私はいつだって、守る為に…

私はいつだって、…

嬉しいのと、困惑が、同時にリブラを襲った。

こみ上げてくる言葉を飲んだ。

 

リブラは無理矢理笑った。

痛いまま、言葉を吐いた。

「ふふ、姫にそのような勢いで迫られては、姫の

思い人は、さぞかし、嬉しかったことでしょうな。」

イアがきょとんとする。

「え?なんのこと、リブラ?」

 

リブラは足元に目線をおとした。

声は心の動きを姫にさとられないように

平静を保っている。

「貴方様のお父上がおっしゃっておりましたよ、

姫には思い人がいらっしゃる、と」

 

 自分で言う言葉に打ちのめされるなど、

騎士に許されてよいものなのだろうか。リブラは

自分のことを低く笑った。

 

イアは黙って、テーブルの燭台に火をともした。

火の燃える音が、部屋に響いた。

「いつか、お父様に、打ち明け様と思うの。

その人と一緒に暮らしたいと……」

イアは恥ずかしそうに笑った。

 

リブラは自分と葛藤していた。

変わらず、自分を抑えつけた。

「それはそれは……。

そのときには私にも教えてくださいますか。」

 

姫がまた無言でテーブルの向こうへ廻った。

燭台をはさんで、向かい合わせになった。

リブラの問いを、イアは問いで返した。

 

「…どう思う、リブラ。

私がその人と一緒に暮らそうと、

思っていること。」

傷つきました、など、言えるはずもない。

リブラは反射的に言葉を返した。

「い、いや、別に何も思ってはおりませんが」

イアがはっとする。

うつむいた。

「…そう……」

 

これ以上、ここに居るのは、辛い。

戦いに赴くのが楽しいことであるリブラは、辛いという感情を、

このときはじめて感じた自分を、自分のなかに認めた。

空気にピンを刺す。

「では、今日はこれにて失礼いたします、姫…」

姫はうなずいた。

 

扉を閉めて、リブラは小さなため息をついた。

部屋を遠ざかる足音を聞いて、イアは窓の外へ

目をやる。

 

 壁にかかっている、アルジュハラの紋章をかたどった

タペストリーが、この部屋を重く、低く、見下ろしていた。

 

 

三.

 

九月十六日 処女宮

Alju-arraが再度部隊を結成、hrru-juuoへ

総攻撃をかけている最中に、Alju-arra側で多少の

不穏が起こったことが、無駄に血を流さずに大国を

生み出すこととなる。

 

 

 

「無駄な説明はせぬ、一言も逃すな。

私がこれから話すことを、そなたの胸に刻め、

リブラ」

 

 その日の自分の呼び出しが只事ではないと

感じてはいたが、王が重い容態にも関わらず正装で

玉座に座っているのを見たとき、そして何より王の顔を

みたとき、それは自分が想像している範囲を超えていたことを

リブラは知り、いつにも増して心を引き締めた。

「はい、陛下」

 

その言葉はびしりとリブラにつき刺さった。

「今日限り、ヒルジューノとの戦をやめる」

 

 リブラは目を見開いた。

「なっ…何故でしょうか、陛下」

 

答えない国王を攻めた。

「姫をヒルジューノの皇太子殿の妃に

差し出すというのですか?」

 

「それもありえるな」

王の目は、いつにも増してリブラを見つめる。

わからない。

リブラは声が荒がるのを止めることが

できなかった。

 

「何故でしょう、陛下!

姫の意志はどうなるのでしょう!?」

王に思わず歩みよった。

王は只、リブラを鷹の目で見つめている。

王と同じくらい、リブラは炎を宿らせていた。

それは、なんの炎なのだ、リブラよ…。

王は只、静かな炎で、リブラの炎を

返した。

リブラはひるまない。

 

「姫をヒルジューノに差し出すのは、それは

向こうと対等にたちあった我々の国を売るも

同じことではないのですか!?

 

 姫には思い人が……」

 

「その思い人が、

リブラ、お前だと知っても、

まだ何か言う気になるかな?」

 

 

 リブラの体を、たとえようのないものが

かけめぐった。愕然とした体から、息が漏れる。

リブラの動揺を王ははじめて、目の当たりにした。

 

暫くの沈黙を、国王は、破る。

 

「…私は姫の思い人は、男だと思っていた。

是非会って、姫を貰って欲しい……、そう願う

つもりだった。

 

 この戦も、国威が関わっていたとはいえ、

娘を国の制略にかけることは、できるだけ避けたい、

そう思っていたところもあったのだ……

 

民も、娘を思う私の気持ちを、苦しい戦が

続くことを、私に免じて許してくれた。」

 

 ここで国王はくぎりをいれた。

動揺が幾許か納まり、自分の話に意識を

集中させるリブラを見つめた。

 

 「しかし二日前に、娘から、思い人がそなただと

聞かされたのだ…。自分は、皇女でもなんでもなくていい、

そなたと一緒に居たいと言った…。

 

 私の気持ちがわかるか、リブラ……。

あいつは私と我が国と、我が国の民に泥を塗ったのだ…。」

 

 王の弱々しい、しかし怒りにふるえる顔を、

声を、もはやリブラは直視できなかった。王は涙こそ

流しはしない。が、声からそれが伝わってくる。

リブラは騎士の顔を取り戻した。

王の話を、その空気で促す。

 

「…すでに国中でよからぬ噂が広がっておる…、

 

娘のよからぬ恋のために、

国を巻き込んで、無駄な血を流している、

とな……。」

 

 王も、国王の顔に戻った。

「私は娘のことは、もはやどうでもよいのだ、

リブラよ…、国民の不満を抑えられるのならば、

ヒルジューノに娘を差し出すことで戦を終える

こともできる。

 

もしもお前が娘を欲しいというなら、

皇族の身分を解いてやってもいい…。

 

私の役目は、アルジュハラを治めること。

 

さぁ、どうする。

決めてくれ。」

 

 国王に、リブラは、深く、ただ深く、頭を垂れた。

自分に答えを出すことを許してくれる王に、返せることは…、

自分が、騎士として答えを選ぶことだ、リブラはそう直感的に

解っていた。

 

立場。

それを守らねばならない。

誰にも代わることのできない、

立場。

 

それが、長年生きてきた中で、

リブラが学んだことなのかもしれない。

 

迷いは、なかった。

目をとじ、そして、開く。

リブラは顔をあげた。

 

「私が敬愛してやまない、我らが国王よ…、

この私が一人、この国から去らせていただく故…、

どうか姫のご身分を解かれることだけは

お留まりください…」

 

(責任をすべて、被るというのか、リブラよ…)

「うむ…」

 

「陛下のお怒り、どうかお静めください…、

全ての原因はこの私にあります…

姫をお責めになりますな」

 

(国のために…)

「…すまぬなリブラ……」

「いいえ、陛下…」

 

長い長い沈黙が訪れた。

 

国王の目が、きらりと光ったのを、

リブラは読み取った。

その言葉を待った。

 

「…そなたが我が娘のことを本当のところ

どう思っているのかはわからぬが…、

 

今宵そなたがする事には一切関知

しなかったことにするとしよう…」

 

 リブラは微笑む。

「ありがとうございます。

…では失礼いたします、陛下…

おだやかにお過ごし下さい」

深い敬礼をする。

 

(…そなたが我が国のために

尽くしたこと…、生涯、私の名において

忘れはせぬぞ、リブラ…)

 

王はがっくりとうなだれる。

振り返ることなく、リブラは謁見の間を出た。

 

 

 

 イアは寝着に着替えてまだ間もないというのに、

廊下の外の衛兵達がいつもよりも早くひきあげることに、

疑問を感じていた。いつもこの時間なら、自分の部屋の前は

何人もの衛兵が廊下を歩いている。

 

なのに今日は、もう夜中の見張り番一人が、

ずっと先の廊下に立っているだけだ。

 

 のぞいていたドアを静かに閉めて、イアは暖炉の前の

ソファに腰掛けた。そして、二日前に自分が父に告げたこと、

そして父が言ってくれたことを思い返していた。

 

(お父様はリブラと暮らすことを考えてやると

おっしゃっていたけれど…、本当に、叶えてくださるの

かしら)

 

 暖炉の火の瞬きにぼんやりしていると、

ふいに、ドアをノックされた。先ほどの、いつにない

衛兵の様子を見ていたのも手伝ってか、イアは

不安に襲われた。

 

 おそるおそる、ドアを開くと、

そこにいたのはリブラだった。

 

 黒い、王侯騎士隊長がつける甲冑に身を包んでいた

リブラだったが、何よりリブラがきたことに、イアは顔が

火照るのを隠せない。

 

リブラは少し部屋に入った。

イアもつられて部屋に入る。

 

「どうなさったのリブラ、こんな遅くに…

明日あなたは戦地へ赴くと、お父様が言って

いたのに。」

「…姫に、どうしても会いたかったのですよ」

 

 後ろ手で、リブラはドアをしめた。鍵の落ちる音が

聞こえたが、イアは自分の目をのぞきこんでくるリブラに

吸い寄せられていて、聞こえていない。

リブラには、これからはじまる、いや、何かが

壊れる音に聞こえていたのかもしれない。

 

 寝着に着替えていることを後悔しながら、

イアはふと、思い当ることをリブラに尋ねた。

「ね、ねぇ、リブラ…、もしかして、その…、

お父様から聞いたの?

 

 私が、あなたと、暮らしたい、ってこと…」

 

 リブラは微笑んだ。

「ええ、聞きましたよ、姫」

イアの顔が赤くなった。

「そ、それで?

お父様はなんとおっしゃっていたの?」

 

 リブラはイアを見つめる。

「お父上は…『いい』とおっしゃって

くださいましたよ」

 

イアはぴょんと飛び跳ねた。

「まぁ!嬉しい!!!」

しかしすぐに、不安そうな目になる。

 

「…で、でも、

あなたの気持ちを聞いていないわ、リブラ…

あなたは」

「姫」

言葉を被せて、リブラが言った。

「騎士が髪の毛を束ねずにおろしてくるときは…、

どんなときか、ご存知ですか」

 

イアがリブラを見つめた。

すっかり舞いあがっていたけれど、よく見れば、

リブラはその美しい豊かな髪を、今日は束ねず

さらりと垂らしている。

 

「えっ?

そ…それは、戦いに赴くときでしょう?」

リブラはうなずいた。

「そう。

そしてもう一つ」

 

(貴方様と自分に嘘をつくとき…)

リブラは微笑んだ。

 

「それは

貴方様を抱こうと決めたときです」

イアの鼓動が、高鳴った。

「で、でも…!

あなたは他人に触れてはならないと…」

「…触れずに、愛が確かめ合えますか?」

肩の鎧をがちゃり、とはずす。

 

「私にはできない…だから…、

今宵だけ、騎士であることを

捨てます」

続けて胸の甲冑を。

 

 リブラの体の線が現れてくるにつれ、

イアはたとえようのない気持ちになった。

リブラは、本気だ。

いつだって、いつだって…

イアの知っているリブラは、本気だった。

 

 でも…、何故か今日のリブラには、何かが

あるようで、ならない。イアはリブラの腕を抑えた。

リブラの動きが少し止まったのをイアはのがさず、

言葉を発した。

 

「だめよリブラ…!!

私のためにそんな……」

「構いません

貴方様の…

気持ちを叶えることができるのなら

私は…」

 

(違う。

本当は、姫…)

 

涙を伝わせる姫の頬に、はじめて触れた。

そのまま引き寄せて、くちづけをした。

 

(私は嘘なのです)

 

――神よ 我を斬りたまえ――

 

「離しませぬ」

そのままゆっくり、床に押し倒した。

 

 

(罪などひとつあれば百犯しても同じこと)

 

愛しいそのものの体を、目眩めく気持ちで

抱いた。

 

(卑怯者め、ここまでしておきながら、

未だに言葉に出せないでいる)

 

 ずっと秘めていた感情を、

体だけで、触れたいと願った場所に、

触れたい気持ちの量だけ、触れた。

 

(傷つくのがこわいから

嘘をつきとおすのか)

 

壊したくなかった愛しい空気。

 

――何故にここはこんなに冷たい?

 

溶ける。

 

 

――何故に神は人を創った

 

 

――何故に神は姫と私をこのような形で

めぐり合わせた……

 

 

 

 二人は深い眠りに、ついた。

 

 

 

四.

 

 朝日と同時に、リブラは抱いていたイアの

体を離した。眠るイアの額に、くちづけをした。

 

 そのままさっと身を起こし、

前もって置いておいた鋏を取りだす。

 

イアの眠る寝具の上で、

騎士は髪を切った。

 

 美しく長い、艶やかなそれは、

イアの眠る体に、枕に、布団に、

散らばり、朝日にきらめいた。

 

 

 

甲冑を身につけ、リブラは城を出た。

 

 

 イアは悲しい夢を見た。

頬に涙がおちた。その冷たさにイアは少し

目を醒ましかけたが、リブラのにおいがイアを

包んだ。

 

彼女がいる。

 

目を開けることなく、イアはふたたび眠りについた。

 

 

 

五.

 

 

1437年

九月十七日

突然のAlju-arraの降伏により、この戦いは

終結する。二国は以降、Alju-arraの王の退位により、

一つの大きな国となる。Alju-arraの第3皇女イアはその後、

王国を去ったとも寺院へ入ったとも言われている。

九月十八日

北のクスタフ草原で、Alju-arraの王侯騎士の

死体が見つかる。なんのために死んだのか、

それは見当がつかない。

九月二十日

この地を離れる。

 

T=シュールドマン

 

 

 

 

 

 

 

 

モドル

 

 

 

 


by otyou0710 | 2019-04-07 11:52 | 小説

 

 アプレイラ

 

「 あのね……、

 

はじめて雲の切れ間から下界の貴方を見たとき、

なんて優しい目をしているんだろう、って思ったの……

どうしてそんな目をするのか、どうしてそんなに深いのか、

それが知りたかっただけなの……

 

今なら、誰に向けられていたのかも解るけど…

 

だけどあのとき、貴方の目に魅せられた自分に

後悔なんてないの…

私がしたことも…

戻れない天も…

 

貴方が好き

それだけだったの 」

 

だが、それすら伝えられない。

涙が頬を伝う。

 

次第に迫ってくる地下の業火の

音を感じたが、意識は薄れ落ち、

少女の瞳は光を失くし、

閉じられた。

 

それでも空は、高かった。

青かった。

 

一. アプレイラの気持ち

 

 私が地上へ通じる鍵を、ネイル様の机から

見つけようとしたのは、あの人に会いたかったからだ。

ネイル様はあの日、私を見たけれど、私の考えている

ことに気付かなかった。

 

 いつものように、私がネイル様に仕え、小さき天使として

小さい者の魂を地上へ運ぶ船の船長、ゼス老人へお水を届ける

役目を果たす、そう思っていたのだと、思う。

 

 ネイル様ほどの天使になれば、私の思いつきなど無謀としか

言えないだろうし、考えたことだってないだろう。私がこれからしようと

していることを言ったらしかられるだろうし、もしかしたら明日からつらい

お勤めに回されるかもしれない。そう思ったから、ネイル様がいつもより早い

私の訪問に微笑しながら「もう朝のお勤めは終わったの?アプレイラ」って

尋ねてきたとき、やっぱり不安になって、とっさに「はい」って答えちゃった。

ウソをついたっけ。

 

「そう…」

ネイル様は、それでも私をあやしむことなく、言葉を続けてた。

「これからお産のはじまる女がいるようなの、アプレイラ」

ネイル様は、すごく大きい背中の翼を少し広げて、私に背を向けた。

「産まれる子どもは早く死ぬのか、それとも生きるのか……。

ゼス老人に尋ねてこなくてはなりません。もし生きるのなら、手の平に

寿命を書いてやらねばならないから……」

 

 ネイル様はあちこちを片付けながら話を続けた。

「アプレイラ、ゼス老人は産まれる子等の魂をここから地上へ

運んでくださる船長…、その船長にお水を渡すのがお前の役目…、

素晴らしく、そして大切なお役目だわ、誇りに思うのよ」

「はい、ネイル様」

身支度の済んだネイル様は、そのまま薄緑色の木枠に咲く

花通路を通って、外へ出ていった。

 

 私は、ネイル様をしばらくみていたけど、すぐに部屋に

戻った。ネイル様の机に近づいて、引出しを開いた。シンとした

部屋に、ちょっと大きな音がして、私は手をひっこめた。でも、

もう音はしなかった。私は薄暗い引き出しの中で鈍く光っている

それを取りだし、しっかり握って部屋を飛び出した。

 

 夢中で私は走った。誰かに見つかるのが怖くて、必死で

うつむいて雲を抜けた。少し日の当たる場所で天空花を食べる

羊の群れを超え、雨の貯水している錆びた橋(私達の間では

『古びた貝殻』と呼んでいる)を超え、私はひたすら走った。

 

 悪いことをしていると考えるヒマはなかった。

鍵のひんやりとした感触と、今日の朝のお勤めを

しなかったという事実だけが、私の中に罪悪感として

滞り、私を責めた。

 

 だけど逆にいえば、怖かったのはそれだけだった。

 

 

「今日はアプレイラが来んが、どうしたかの?」

手に寿命を描き込みに来たネイルに、ゼスはそう尋ねた。

 

ネイルの顔色が、変わった。

 

 私達の住む天空は、雲と雲が重なり合ったり、遠くに

なったり、広がりはいつも定まらない。だけど、必ずいつも

その場所だけは他の雲を寄せ付けない。

 

 私達がほとんど近づかない、地上への道だ。

 

ちぎれ雲の中に、石碑があって、そこに鍵を差し込むと

私達が降りる光を呼び込む場所なのだ。

 

 天使が地上へ降りるとき。

それは、ここで悪を犯したものか、よっぽどの

使命を持った天使だけだ。降りるとき、羽は当然消されるし、

しかし代わりにその背中にはその者にふさわしい罰や運命が

刻まれるのだと、私は小さい頃おばあちゃんに聞いた。

 

 私は今まさに、そこへ来ている。

来たのははじめてだった。風の強い場所で、不気味なくらい

静かな、青い空が私の頭の上に、居た。

 

 私は握り締めていた鍵を、石碑に差し込んだ。かすかに

音がして、そこの風向きが、暑く重く、変わり始めた。

 

 そのとき、かすかに私を呼ぶ声が聞こえた。

私は振り向かなくても、ネイル様だろうということが

解っていたけど、ゆっくり振り向いた。

 

 「アプレイラ……!!」

そこには、真っ青になっているネイル様が居た。

 

「もう始まってしまっている……」

風を読んで、ネイル様はうめくようにそう

つぶやいた。

それでもネイル様は私に向かって、問い掛けてきた。

 

「何故地上への扉を開いたのです、どこへ行こうというの」

「地上です」

「アプレ…  」

さえぎって私が続けた。

「会いたいと思う人が居ました。偶然見てしまいました。

だから私、会いに行きます。只、それだけです」

 

私が言い終わるのを待ちきれないように、

ネイル様が叫んだ。

 

「何てくだらない…!

只それだけのために、貴方は羽を落とし、罰を背負おうと

いうのですか?」

さらにネイル様は続けた。

 

「いいですか、アプレイラ…、地上に降りるということは、

人間になるということなのですよ?つまり、生きられる時間が

限られ、苦しみも痛みも、すべてを与えられるのですよ?

良いことなど何もないのです…、

考え直して、早くその鍵を抜きなさい!」

 

「嫌です」

私の拒絶に、ネイル様は愕然として私を見つめた。

そして言いたくなかったことのように、苦しげに私に

告げた。

 

「アプレイラ、貴方がもし人間になったとして、その生涯を終えても、

もう再びここへ戻ってくることはできないのですよ。貴方は罪を犯した…、

見えない手は、貴方を、貴方の罪を全てお見通しなのですよ、アプレイラ…。

人間になり生涯を終えても行く先は地下なのです、地獄なのですよ!

それでも貴方は人間になりたいというの」

 

それが何だというのだろう…?

私はそのときちっとも怖くなかったから、

言葉をネイル様に返した。

 

「ネイル様は私の気持ちをくだらないと言いました…。

生を司る神ならば、ネイル様、ネイル様は人を好きになる

気持ちもわかるはずなのに…、残念です、くだらないなんて

いう言葉が貴方から出てくるだなんて…。

私はもうここへ戻る気はありません。

火に焼かれて消えても構わない…、

私は行きます」

 

くるりと背を向ける。

光が私を包み込んだ。

翼が消える。

雲は渦へ変わった。

 

愛するからこそ生命が産まれるのに

何故それを追い求めるのが罪だというのだろう。

まだ私には解っていなかった。

 

この先の光は、

なにも、

見えない。

 

私は光と同時に落ちた。

私という天使が、消えた瞬間だった。

 

 

 

「あの女の子は、

今思えば、天使だったんじゃないのか、って思えるときがある。

僕とあの小さな女の子の出会いが、草原で倒れていたところを

僕が助け起こす、なんていう特殊な出会いだった所為だったからかな。

でもそれだけじゃないと思う。

 

 あんなに綺麗な銀髪は見たことがなかったし、角度によって

すみれ色や矢車草の色に変わる目も、見たことが無かった。綺麗な

銀髪だから、僕はあの子にシルヴィアって名付けたんだ。

 

 僕は口の聞けないあの子にシルヴィアと名付けたけど、もしかしたら、

違う名前を持っていたのかもしれない。そしてあの子は昔は、話せていた

のかもしれない。時々、シルヴィアが僕やレダを見る目はいつも、

何かを話そうともがいているように見えた。

 

 とにかく全てが謎のまま、あの子は僕らの前から

姿を消したんだ。あの子がいなければ、レダも、レダが産んだ

子も、この世にはいなかったろう。」

 

 

二. 時間

 

 地上独特の甘い匂いに揺られて、私は目を醒ました。

私の目に、高い空と雲が映った。そして、男の人の顔が映った。

びっくりして飛び起きた。向こうも驚いたようだった。

 

 再び男の人を見た。

背の高い、優しそうな、若い男だ。

ああ、なんという幸福だろう!

私は、私が雲の切れ間から見つけた、あの優しい

瞳の男に出会うことができたのだ!!

 

私は顔を完全に男の方へ向けた。

男が少し緊張を解いたようだった。

 

「大丈夫?言葉はわかるかい?」

男が尋ねてきた。私はうん、と言った。

 

が、言葉は大気に震えなかった。

音にならなかった。

かすれた呼吸の音だけが、私の喉から

出てきた。

 

 おかしい。

再び男の問いに答えようともがいた。しかし、ヒューと

音が鳴るだけで、言葉らしい言葉が、出てこないのだ。

ああ、そうか。私は直感した。これが、羽を失った代わりに

刻まれた、背中の罪なのだろうか。

 

 だけど言葉が話せなくとも、男に会えたのだ。私は

その嬉しさを男に伝えようと、にっこり笑って立ちあがった。

男もにっこりしてつられて立ちあがった。が、その瞬間、再び私は

顔をこわばらせる出来事が私の身に起こっていることを知った。

立ちあがったとき体に走った違和感に、そして男が私を見る表情に

きっかけを与えられ、知った。

 

私の手が、小さかった。

私の足も、小さかった。

私の背も、小さかった。

すべてすべが小さく、物足りなく、ぎこちなく、

私の魂には窮屈すぎた。

 

ああ、なんということだろう。

私は、幼い子供、しかも、口の聞けない子として

地上へ降り立ってしまったのだ…!!!

 

 私は余りのショックに、男の話が思うように聞けなかった。

ああ、あれだけ会いたい、そう思った人が今まさに目の前に居る

というのに、あの天使の頃の姿のままでは、この男と出会う

ことができないだなんて…。

 

 持ってこれたのは、この意識と気持ちだけだった。

今の私には、それさえもこの先役に立たなくなるものに

なるなど、知る由もなかった。

 

 痛いほどの辛さは、もう少しで涙に変わろうとしてしまう。

私は必死で耐えた。ネイル様が勝ち誇った顔をしているような

気がして、まだ負けてはいまい、と、自分に言い聞かせた。

 

 そうだ。私はまだ人間として生を受けたばかりなのだ。

まだ、地獄に落ちることもないだろう。こんな罪を背負ったが、

それでもなんとか生きて行けるし、この男とも一緒に過ごせる。

まだ希望を捨てるのは早い。

 私はまた少し元気を取り戻した。

 

「さっきから顔色がよくないな…大丈夫かい?

しゃべれないの?」男の質問の幾つかを耳に捕らえ、

私はこっくりとうなずいた。

 

「そう…、こんなに小さいのに、お母さんはどこ?」

この問いにも、私は首を振って答えた。

 

「いないのか…。おうちはどこかわかるの?」

首をふる私を見て、男は困ったような顔をした。

そしてしばらく考えたあと、ゆっくり口を開いた。

 

「じゃあ、僕のおうちにおいで。僕のおうちは街よりもずっと

離れているんだけど、僕が街へ仕事に出るときに、街のえらい人に

君のことを言っておいてあげるよ、お母さんが僕の家に迎えに来る

まで、僕のおうちにいるといいよ。」

 

 ああ、やっぱり全て投げ出すにはまだ早い。

一緒に過ごすことができる。私はにっこり笑った。

男の名は、アシュレイといった。私はアシュレイと一緒に、

日がしずみかけた広い草原に延びる一本の道を歩き出した。

 

 

 

「シルヴィアが私達のおうちに来てくれたのは、本当に

嬉しかったわ。そしてあの子がいなければ、私もこの子も

いなかったわ。 産まれてくる子がもしも女の子だったら、

シルビィアって名付けようって、あのときアシュレイと決めたのよ。

 

 そうね、あの子がどんな理由で私達の目の前へ現れたのか、

私にはわからないわ。だってあの子には、迷子になったというより、この

世界へ迷い込んだ子、っていう感じがいつもしたから。その辺の子ども

とは持っている雰囲気が違ったわ。全部しっているようにも見えたの。

短い間だったから、よくはわからないけれどね…。

 

 でもアシュレイの姿をそっと見ているってときに、私に対して複雑な

表情を見せたり…、アシュレイに話しかけられるのは喜んでも、私には

1歩おいた喜び方をしていたような、そんな気もするの。私とアシュレイが話す

のも、暗い表情で見つめていたわ。もしかしたら勘違いかもしれない、でも

なんでそう感じるのかしらね? 本当に多分、私の気の所為だと思うんだけど。」

 

三. 遠い星

 

 アシュレイと家を目指し歩いて、既に3日がたったが、

アシュレイの家は本当に遠い場所にあるようで、目に映るのは

白い雪をかぶった青い山々ばかりだった。だけども私はアシュレイと

一緒だったから、全然苦痛にはならなかった。

 

 アシュレイは私のことを色々聞きたがって、私は言えない

もどかしさを感じながらも、一生懸命それに答えていた。アシュレイは

私に呼びづらいからと、シルヴィアという名前をつけてくれた。

 

「シルヴィア、そろそろ歩こうよ」

遅い昼食のあと、私が川でびしょびしょになりながら遊んでいると、

アシュレイが出発を促すように呼びかけてきた。私は急いで川から

出て、アシュレイのもとへもどった。

 

「なあシルヴィア、こうして仲良く歩いていると、まるで本当の

親子みたいだね。突然見つかった娘みたいだ。」私をおんぶした

アシュレイが、嬉しそうにつぶやいた。背中でうとうとしかけていた

私は、その言葉について考えようともがいたが、眠気が私を

つつんでしまい、私は眠りにおちた。

 

 私が目を覚ましたとき、目にうつったのは木の屋根だった。

パチパチと何かが燃えている音がする。横を向くと、誰かがキスを

交す光景が目に入った。暖炉の火で微妙な逆光となって、私はその

片方がアシュレイだということに気付くまで、しばらく時間がかかった。

 

そこには、男女が居た。

 

居たというより…、

そう、私が部外者だったのかもしれない。

そんな思いをするほど、二人は二人の世界に

倒錯しているようだった。

 

 キスだけなのに、どうしてそんなにくっついて、

絡んでいるのだろう?目が慣れてくるにつれ、私はだんだん、

私の背中に刻まれた罪の意味がしっかり全部わかってしまう

予感に怯え、反対を向こうとした。

 

 布のかすれる音に、二人は長いキスをやめた。

空気が張り詰めたのが嫌で、私は今起きたような演技を

し、布団から起きあがった。

 

「シルヴィア、起きたかい」

アシュレイは私をかかえて、暖炉の前へ運んだ。

暖炉の明かりが、さっきまでアシュレイとキスをしていた

女の人を捉えた。息を呑むほど美しい、それはネイル様の

ようだった。

 

「紹介するよ、シルヴィア。この人は僕の奥さんの、

レダというんだ。」

 

「はじめまして、シルヴィア」

差し出された手を見る間もなく、私はショックで

意識と体を床に落とした。

 

 

醒めることの無い悪夢

背負った罪

消え果るまで

烙印は裏切り者

 

ひとつも手に入らずに

ふさわしいのがこの道なのか

 

何も怖くなかったのに

生きて行くのが今

あんなに憧れた生命より

痛くて、辛い

 

四. 孤高

 

 これからこの体で、どうすればよいのだろう。声も出ず、どうやって

伝えればいいのだろう。私の表情や行動だけじゃ、この体から出る愛は、

アシュレイへは届かない。それは1番鈍い痛み、いつくしみにしか変わっては

くれないのだ。

 

 そんなの欲しくない、私は只アシュレイと愛し合う

時間が欲しいのだ。いや、一緒にいるだけでも、せめて

それだけでも…よかったのだ。

 

 なのに、アシュレイは私「だけ」を見ることは、もう、

できない身なのだ。「絶対に」。なんということだろう。

それだけのために私は羽を捨てたのに、

それすら叶わないなんて…。

 

 月を見て、私は泣いた。

天使の頃、知ることのなかった苦痛に怯え、苦しみ、

泣いた。

 

毎晩、私は泣いた。

 

そのうちに、涙は出てこなくなった。

アシュレイと奥さんのレダが愛し合う夜も、もう

怖くなくなった。

私は昼、人間の子どもになった。

夜は悩む生き物になった。

痛みを思い出しては嗚咽したが、だけど

声は出ず、涙も出なかった。

 

 私の銀髪は、白さを増した。

だが、アシュレイやレダは、それに気付くこともない

だろう。彼等は幸せの中にいるから、映る世界が、そこ

しかないから。それしか要らないから。私が居なくなれば

彼等は悲しむだろう、だが、困ることはないのだろう。

 

 天にも帰れず、

地上にも居れず、

次第に私が願うのは、

地下の業火の音になっていった。

 

五. 気泡

 

「じゃあ行って来るね。名残惜しいけど。

僕が帰ってくる頃には、子どもの名前を考えておくよ。」

そう言って、アシュレイはレダにしか見せない顔でキスをした。

そして、たった今聞いた、突然のアシュレイの長期間の不在に

驚いている私に、その優しい顔を向け、言った。

 

「シルヴィア、僕はしばらく街へ仕事に出るんだ。春になったら

戻ってくるからね。勿論、君のお母さんのことも、街の皆によく

いっておくから。そんな不安そうな顔をするんじゃないよ。」

そう言ってアシュレイは私の頭をなでた。

 

 やがてまた二人が会話をはじめたので、私は急いでそこらに

咲いている、秋風に半分ドライフラワーになったような花を摘み、

アシュレイに差し出した。

 

「ああ、シルヴィア」

そう言って、アシュレイは私を抱きしめた。

「ありがとう、シルヴィア、君が本当に僕の子だったら

いいのに!もしお母さんが見つからなかったら、本当に僕の

おうちの子になってくれるかい」

私は目を見ず、うつむいてアシュレイの服にその花をつけた。

 

「あぁ、素敵ね」と、レダも言った。

「シルヴィアが私達のおうちの子になれば、もっと

楽しくなるわね」

「そうだね、家族は多い方が楽しいね」

 

 二人の会話は、止まりそうに無い。

いつになったらアシュレイは仕事にゆくのだろう?

「人数」を増やしたいだけなら、二人で作って行けばいいのだ。

別に「私」じゃなくてもいいはずだ。それに子どもなんて産まれたら、

どうやってこの家で過ごして行けばいいのだろう?

かといって声も出ないし、ほかに行くところも解らなかった。

私の気持ちは、沈んで行った。

 

 ようやくアシュレイが重い腰をあげ、

私と一緒にたどった道を行った。もう私が

この道をアシュレイと二人で歩くことは

ないのだろう。

 

無くなっていた涙が、顔を出した。

 

 

 レダと過ごすにつれ、私の最高に尖ったトゲは内面に深く

突き刺さったのはもうどうしようもなかったが、その傷から出血するのを

レダは止めてくれたように思えた。身ごもった女はこういう顔をするのかと、

私は疑ったり嫉妬したり憎んだり、それでもレダを慕うようになった。

淋しかったのかもしれない。

 

 

 雪は深くなり、だけどもうこの先は、これ以上の積もりは

見せないだろう。私の背負った罪も、それ以上私を追い詰めなかった。

常にぎりぎりなのはどうやら全てにおいて言えるらしい。雪は

ゆるんだ大気に身を溶かしはじめてきていた。

 

 それでもまだまだ、山に近いアシュレイとレダの家は寒い。

レダは暖炉の前で、産まれて来る子どもの服を編んでいた。私は

レダにつくってもらった帽子と手袋をつけて、いつものように外で

一人遊びをするためにドアを開けた。

 

 雪は湿っていて、すぐに固まる。私は心で

歌を歌いながら、たくさんの玉をつくりはじめた。

私は本当に、本当の人間の子どもになってゆくの

だろうか。雪の匂いを嗅いでいたら、ふと、そう思った。

それでもいいかもしれない。

涙は滅多なことでは出なかったから。

 

私は沢山雪を玉に変えた。

これは、アシュレイ。綺麗な綺麗な、アシュレイ。

これはレダ。アシュレイの大好きな、彼のレダ。

これは彼等の赤ちゃん。産まれたがる、ゼス老人の

贈り物。

 

そしてこれは私。

ぼこぼこで、中には石がつまっているの。

こんな固い石、なければ今頃、雪に混じって

いたのに。

 

一緒に溶けてなくなっていたのに。

楽だったのに。

 

 

 昼の太陽が顔を出していた。

そろそろ暖炉を使わなくてもよくなるな、そう思って私は

レダが暖炉の灰を掻き出す頃だと思い、家に引き返した。

 

 

 家が、

轟々と音を立てて、燃えていた。

 

 私は煙の多さと火の音に地獄の業火を想像し、怯え、

少し唇を噛んだ。何があったのだろう。そうだ、レダ、レダは?

私はとっさにその中へ飛び込んだ。

 

 中はすごい温度まで気温があがっていた。私は涙と咳で

ぐしゃぐしゃになりながら、レダのいた暖炉へ向かった。レダは

編みかけの赤ちゃんの服を持ったまま、気を失っていた。顔は真っ青

のレダは、死んでいるように見えた。私はレダの肩に手を回すと、

そのまま歩こうとした。

 

 床へ崩れ落ちた。

 レダと赤ちゃんの胎動が、私の体に伝わってくる。

まだ生きてる。かっと私は目を開き、体中の力を持って

ようやく立ちあがった。が、その重さで私の片足はひどく

くじいてしまったらしく、激痛が走った。 

 

 でも、レダと赤ちゃんが生きている…。

歩かなくちゃ。私は痛みに激しく泣きながら、だけど声が出ないから

外へ出せない体に苛立ちを覚えながら、出口を目指した。だんだん

火が強くなってきていて、その部屋の暑さは、私の身を焦がした。

 

 ああ、レダ……。

ふと、遠くなった意識をあわてて掴んだときに、私は考えた。

レダさえいなければ……。

 

 後ろでガラガラと物が崩れる音がした。

私はその音に弾かれたようにまた前に進んだ。

だが、私のささやきは頭から消えない。

 

 レダがいなければ、私が大きくなればアシュレイは愛して

くれるのではないだろうか。アシュレイに愛しているといわれたら、

私に魔法がかかりそうな、そんな気さえする。あっというまに大きく

なって、綺麗になって、言葉も出てきて……。

 

 だけど……。

私はまた前へ進んだ。

 

 私の体は、あちこちに火傷をして、もう持ちそうに

なかった。私がここでレダを置いて行けば、私は助かるだろう。

だけど、今度はもっと凄まじい痛みの罪を背負うであろうことも、

もう解っていた。

 

 だけど……。

 

ああ、何故こんなに苦しい思いをしているのだろう。

どうして私の好きな人が愛する人を助けているのだろう。

どうして燃え盛る中に私は飛び込んでしまったのだろう。

どうしてアシュレイと出会ったのだろう。

どうして降りてきたのだろう。

どうして惚れたのだろう…。

 

私は怖かった。

私は震えた。

さらに進んだ。

 

 私が助かっても、

アシュレイが助からない。

私はふと、そう思った。

 

 それは嫌だった。

なんとしてでも、生きて欲しい。

嫌だ。

アシュレイが消えて、

レダが消えて、

赤ちゃんが消えて…

みんな消えないで。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

そんなの嫌だ。

好きだ。

幸せになって欲しい。

生きて欲しい。

嫌だ。

 

誰も消えていい人が居ない。

私以外は、居ない。

なのに私は、こんなに力がなくて、

飛べなくて、助ける役にすら立たない。

私が人間になったところで、一体誰が

救われたんだろう…

 

 

 

ああ神様。

 

 

 

その言葉で、奇跡が起きた。

私はもとの姿に戻ったのだ。

瞬間を私は見逃さなかった。

 

床を蹴り、私はレダの体に負担にならないように

力をこめて家から出た。レダを燃え盛る家から引き離す。

雪で体を冷やしては大変と、私はつけていた手袋や帽子を

レダのおなかにかけた。

 

 ない。

赤ちゃんの服がない。

私は家へ引き返した。

 

 

 赤ちゃんの服は、崩れ落ちたテーブルの上に乗っていた

花瓶の水や花に守られるように、床に転がっていた。私は服を

握り締めた。鍵を握り締めた瞬間を思い出した。

 

 

 ああ、この感覚……

私はゆっくりと倒れた。

 

さようなら、レダ。

レダの赤ちゃん。

アシュレイ……

 

 

 私の心は、全部の時間をさかのぼり、極限に飛び、

その勢いで体ごとはじけた。私の体は無数の気泡になり、

蒸発し、風になった。

 

 家が、崩れ落ちた。

 

 

 私は空気に混じった。

感覚がちょっぴり残ったけど、

私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 


by otyou0710 | 2019-04-07 11:50 | 小説

昔作ってた小説1

 

 どこかの国 

 

 一.

 民から吸い上げた税を湯水のように使い、国教に背く限りの

行為をしたという罪で、私と我が王妃は、明日の朝日を迎える前に

この世からの存在を断つことを、怒り狂う民衆に言い渡された。民の手に

手伝わせるより、自らの人生に終止符を打ちたいと願った私は、王妃に

それを打ち明け、自らの手で自分を殺めることにした。まだ今日という日は

夕暮れに差し掛かったばかりであったので、私は私の王宮の壁に、

赤土で作った絵の具で絵を遺すことにした。

 

 私が生きたことの証しとして遺す、数少ない一つになるであろう

この壁絵は恐らく、明日の朝、私の躯が民衆らの視線にさらすために

引きずり出されたあと、王宮ごと破壊し尽くされるであろう事は解っていた。

私が民の為に作った公共施設など、一つもなかったから、この王宮が壊されれば、

私が遺すものなど、形としては実質何も無くなり、王国を統治した中でも最も悪名

高い王としての名だけを後世に遺してゆくだけなのだろう。

 

  それも全て解っていた。

 だから絵を描くという行為も、民衆に無に還される

のを待つばかりだから、全くの無意味な手のもがきでしか

ないということも解っていた。

 

 さりとて明日を迎えるために沈んでゆく太陽を見つめながら

することなど、今は他に見つけられなかった。 私は私と王妃以外、

家臣も籠姫も誰も居ないこの王宮に差し込む西日の強さに

目を細めながら、赤い土を水に混ぜ溶かしはじめた。

 

 赤い土の絵の具。

我が両手を使い、私は只ひたすらに、古来人が用いた原始的な方法で、

それを真似て、壁に絵を描いた。広い麦畑を見た日。あの頃はまだ若くて、

国を治めることへの希望が胸に宿っていた。

 

何時から、

火は移ったのだろう。

かがらずとも灯っていたものは、

燃やさずとも燃え続けるものだと、

思っていた。

 

麦の穂を描いた。

折れたもの。

曲がったもの。

全てに、癖をつけた。

まっすぐなものは、私の知る限りでは、私以外に

見つけられなかったから。

これでいい。

それでいい。

麦はあまりにも醜く、

そして、短い。

 

 穂を描き終えた私は、それを刈る民衆を描いた。

ひとつも真っ直ぐな穂の無い麦畑を、ひたすらに民衆が

刈る絵を描いた。瞳は黒く、髪も黒く、肌は赤い、私の国の

民衆達。

 

心は白いと信じていたのは、

私だけでは無いだろう。

信じていなければ、私は、あのとき

王妃に出会えなかった。

 

 何故、あの女を妃にしたのだろう。

腕まで赤土に浸って、夢中で壁を撫で回していた手が、その問いに止まった。

何故なのか、私はすぐに答えを出せなかった。解らなかった。だけど解らない

ことで良かった。 この太陽の、あざけるような視線が地平線に閉じたら、

答えに近い戯言を見出すことを欲する自分が、体のままに居ることだけが、

絵を描くうちにざわめき高まってくる興奮の血の中で解ることでしかなかった。

 

 私はひたすら描いた。

死んだ鳩。枯れた泉。焼けつく大地。わが国の神話に出てくる神々も描いた。

描くうちに、描いた対象が不浄に思えて、すべての神々の右手だけ、黒い土を

混ぜた水で染めた。あとでこの王宮へ踏み入るであろう彼等がこの壁絵を見たら、

気味悪がるのだろう。我に返って眺める絵は、絵に見えなかった。

死後のことを思うと可笑しくなって、私は一人含み笑いをした。

隣りの白い壁へ私の手形を叩きつけ、腕につき既に乾いている赤土を

無理矢理壁に擦りつけて、私は絵を描くのをやめた。

 

二.

  太陽が沈んだ後、私は幾つもの効能を期待して作らせた入浴剤を

浴槽に混ぜ、一人湯船に浸かった。誰も居ない風呂へ入るのは産まれて

初めてだった。天井の高すぎる浴室を見上げ、私は何故もっと早くにこの

瞬間を迎えられなかったのかを、時間に責めた。

 

 タイルを這うツタ科の植物が、湯気で湿っている。大きな密林に仕立てた

この風呂場は、私が若い頃、一人の女に執着する事の無かった時代にとっては

珍しく何度も寝た籠姫が好きな場所だった。何度も何度も、この風呂場で

交わった。愛の言葉は彼女へは注げなかった。

今考えても仕方の無いことなので、私はやけに青い水色の湯で

顔と体と髪を洗った。

 

 寝具へ戻るまでの廊下から見える私の国は、もう夜を迎えていて、

いつもは暑いこの国の夜が、今日は少し涼しい風が訪れている。

風は何処へゆくのだろう。

意味のあることは、何なのだろう。

 

 麝香の匂いに包まれた厚いカーテンを何回も開いて行くと、予想

どおり、私の王妃が居た。何度も繰り返した私とのすれ違いという抗争に、もう

疲れ果てているのであろう心の彼女は、ここでもやはり笑わなかった。彼女なりに、

明日この世を去ることへの未練を断ち切ったのだろう、そんな顔をしていた。

もしかしたら、本当に未練は無いのかもしれない。そうだとしたら私も一緒

だった。明日断つことを知らされても、少しも心が動かなかったことに、私は

ためらった。それを王妃に話したとき、王妃もその形のよい眉をひとつも

動かさなかった。只一言、「そう」と言った。

 

 この顔は、変わらなかったかもしれない。

上り詰める絶頂の波は、他の女と味わっても一緒だったが、

彼女だけは、一人でそれに浸る事をせずに、合わせることができた。

だからこそ、結ばれ、契ったのかもしれない。だが、結ばれた理由、

一緒に離れない理由、それが、一国の妃だから、好きだから、嫌いだから、

それはもう、本当にどうでもよかった。

始まろうとしている。

始めようと思った。

 

 三.

 体の血が、彼女を欲しがっている。

これを冷ますときが、私の最期、彼女の最期を飾ることに

変わりはないだろう。彼女もそれを考えていたらしく、私に二つの

拳銃を差し出した。

 

 「拳銃を二つ貰ったわ。民衆から与えられた銃弾と銃なんだけれど」

と、彼女は言った。「最期を飾るのに、誰から貰った運命で命を絶つかは、

さして重要なことじゃないわよね?」

「そうだね」

 

 私は両方の銃に弾を一つずつ込めた。そして片方を王妃に渡した。

彼女はもうガウンをとってしまっていて、腕を伸ばし私から拳銃を受け取った。

「ずっとこめかみに当てていましょうね。自分の絶頂を迎えたら、引くのよ」

含み笑いをして言う彼女を、欲望が左手で捕まえた。

 

どうしてそんなにおしゃべりなのだろう。

誰が?話しているのだろう。

息は途絶えてはいなかった。

聞こえない。

言葉が枯れた。

 

愛しい体に、雨を降らせた。

地上からも雨が降った。

何度も、突いた。

何度も、締めた。

まだ白くならない。

朝もまだ来ない。

 

「あなた、こうして私と朝を迎えるのが」

息が絶え絶えになっている彼女が、ふと目を開き

ささやいた。

「          」

言葉が耳に入らない。

朝日が目を射った。

 

 

彼女が果てた。

私も、果てた。

 

 

 

 

 


by otyou0710 | 2019-04-07 11:49 | 小説

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